01
ガスを後ろへ噴いて、前へ進む
ロケットエンジンの原理は、実はとても単純です。熱いガスを、できるだけ速く後ろへ噴き出すだけです。何かを押すと、自分も反対向きに押し返されます。消防ホースが放水の勢いで後ろへぐっと押し戻されるのも、同じ理由です。この押し返す力を推力といいます。ロケットは噴き出すものをすべて自分で積んでいるので、押す相手となる空気は必要ありません。だから宇宙でも、地上と同じように働きます。ラプターは、SpaceXが自社のロケット「スターシップ」のためにつくっているエンジンです。燃料の液体メタンを、液体酸素で燃やします。燃えてできるのは、とても高い圧力がかかった熱いガスです。このガスを、いちばん下にあるベル形のノズルが秒速3km以上で噴き出します。
いま目の前にあるのが、最新版のラプター3です。飛行中の推力は250トンで、設計上は280トンまで出せます。エンジン本体の重さは、わずか1,525kgです。つまり、自分の重さのおよそ160倍の力で押せるのです。大きさは、高さ約3.1m、幅約1.3mです。スーパーヘビー・ブースターの底では、このエンジンが33基並んで一斉に燃えます。1基が毎秒飲み込む推進剤は約4分の3トンで、ブースター全体では毎秒約25トンを燃やします。
このモデルでは、中央にあるエンジンの1基に注目して、1回の打ち上げでの燃焼を追いかけます。発射台で始動の指令が出てから、ブースターのエンジンが止まるまでです。いくつかの点は簡略化しています。SpaceXはラプター3の内部を公開していません。そのため断面表示は、実際の配管ではなく、知られているサイクルをわかりやすい図にしたものです。スロットルの変化もSpaceXは公表していないので、打ち上げ中継の画面に出る速度から、モデルで割り出しています。始動は、一般的な手順どおりに進みます。SpaceXによると、全体でかかる時間は約3秒です。その中の各段階のタイミングは、モデル独自の推定です。プルームは本物と同じように形を変えますが、描き方は簡単にしています。タイムラインをドラッグすると打ち上げの流れを行き来でき、モデルをドラッグすると向きを変えられます。
ラプターは世代が新しくなるたびに、力が強くなり、しかも軽くなってきました。ラプター1は推力185トンで、重さは2,080kgでした。ラプター2では推力が230トンに上がり、重さは1,630kgに減りました。ラプター3は推力280トンを目指して設計され、重さは1,525kgです。外から見ても、ずいぶんすっきりしました。熱シールドがなくなったからです。以前のエンジンは、外側を走る配管や配線を守るために、シールドで覆われていました。ラプター3では、そうした配管の大部分をエンジン自身の部品の中に収めています。その部品の多くは、3Dプリンターでつくられています。守るものがなくなったので、シールドもいらなくなったのです。
02
超低温の2つの液体
車のエンジンは、酸素をまわりの空気から取り込みます。ところがロケットは空気がほとんどない高さまで上っていくので、酸素も自分で持っていかなければなりません。ラプターが燃やすのは、メタンと酸素です。どちらも室温では気体ですが、気体のままではかさばりすぎて運べません。そこで両方とも沸点より低い温度まで冷やし、液体にして積み込みます。沸点は、メタンが111K(約−162℃)、酸素が90K(約−183℃)です。しかも液体は冷たいほど密度が高くなるので、同じタンクにたくさん入ります。
エンジンは、メタンと酸素を同じ量ずつ燃やすわけではありません。メタン1kgにつき、燃やす酸素は約3.6kgです。この割合を混合比といいます。重さでいうと、燃やす量の5分の4近くが酸素です。だからエンジンは酸素側のほうが大きく、入口も太く、ポンプも大きいのです。全開のとき、エンジン1基は毎秒、約593kgの酸素と約165kgのメタンを吸い込みます。これだけの液体をこの勢いで送り込むには、強力なポンプが欠かせません。そのポンプについては、次の章で見ていきます。
メタンは、燃える前に寄り道をします。ポンプを出たメタンの大部分は、ノズルと燃焼室の壁の中にある、たくさんの細い流路を通ります。冷たい液体が途中で熱を吸い取るので、約3,500Kの炎のすぐそばでも金属が溶けずに済みます。このしくみを再生冷却といいます。吸い取った熱も、むだにはなりません。炎へ向かうメタンを温めるのに役立つからです。酸素のほうは近道で、ポンプからまっすぐプリバーナーへ向かいます。推進剤をタップすると、エンジンの中を通る道筋をたどれます。
SpaceXをはじめ、さらに一歩進んだ工夫をするロケットメーカーもあります。どちらの液体も沸点よりずっと低く、凍る手前まで冷やすのです。冷えた液体は少し縮むので、同じタンクにより多く入ります。これを高密度化といいます。ふつうは、ロケットを大きくしなくても、推進剤を約1割多くタンクに詰め込めます。ただし、冷やせる余地はあまりありません。メタンは約91Kで凍ります。沸点よりわずか20度低い温度です。スターシップの推進剤をどこまで冷やして積んでいるのか、SpaceXは正確には明らかにしていません。
03
ポンプが2台、小さな炎が2つ
ラプターは毎秒約4分の3トンの推進剤を、300barを超える圧力の燃焼室へ押し込まなければなりません。これは、地上の気圧の300倍以上にあたります。タンクだけでそれほど強く押し出すには、とても頑丈なタンクが必要になり、重くなりすぎます。そこで、この仕事はポンプが引き受けます。どのポンプも、タービンと同じ軸に取りつけられています。タービンは羽根のついた車輪のようなもので、熱いガスを吹きつけると回ります。このポンプとタービンの組み合わせをターボポンプといいます。ラプターには2台あり、大きいほうが酸素用、小さいほうがメタン用です。
タービンを回す熱いガスは、プリバーナーと呼ばれる2つの小さな炎でつくります。ターボポンプごとに1つずつです。酸素のほぼすべては、酸素リッチ・プリバーナーを通ります。そこで燃やすのは、ほんの少しのメタンだけです。出てくるガスは熱いものの、まだ大部分が酸素のままです。このガスで酸素ポンプを回します。メタンリッチ・プリバーナーはその逆です。メタンのほぼすべてがこちらを通り、燃やすのは少しの酸素だけです。そのガスでメタンポンプを回します。どちらのガスもそのあと燃焼室へ流れ込み、そこで一緒に燃えきります。捨てるものは何もありません。
この方式をフルフロー二段燃焼サイクルといいます。「フルフロー」とは、両方の推進剤が一滴残らず、燃える前にタービンを通るという意味です。これには大きな利点が3つあります。まず、回すためのガスがたっぷりあるので、タービンを低い温度で動かせます。温度は3,000度以上ではなく数百度で済むので、そのぶん長もちします。次に、ポンプがより強く押せるので、圧力が上がり、小さなエンジンでも大きな推力を出せます。そして、それぞれの軸が扱う推進剤は1種類だけなので、熱い酸素と燃料を隔てる厄介なシールもいりません。画面では、始動のようすをスローモーションで再生しています。ポンプが回りだすと、プリバーナー、燃焼室の順に火がつきます。下のエンジンをタップすると、そのサイクルをラプターと比べられます。
いちばん手ごわいのは酸素側です。大部分が酸素の熱いガスは、たいていの金属をむしばみます。しかも酸素タービンは、まさにそのガスの中で回らなければなりません。そこでSpaceXは、この環境に耐える独自の合金を開発しました。そのひとつが、SX500と呼ばれる合金です。フルフローという考え方そのものは、新しいものではありません。ソ連は1960年代にRD-270をつくり、地上で燃焼試験をしました。アメリカも2000年代半ばに、統合パワーヘッド実証機(IPD)を試験しています。けれども、どちらも地上を離れることはありませんでした。フルフローのエンジンで初めて飛んだのは、ラプターです。2019年7月25日、1基のラプターが、試験機スターホッパーを約20mの高さまで持ち上げたのです。
04
大きな炎が燃える場所
2つの熱いガスが出会うのは、燃焼室のてっぺんにある板、メインインジェクターです。ここで混ざり合い、約3,500K、つまり3,200℃を超える温度で燃えます。中の圧力は300bar以上です。2023年には、試験台のラプター3が350barという記録を出しました。燃焼室そのものは、意外なほど小さなものです。エンジンの高さの大半は、上のポンプと下のノズルが占めています。
燃焼室の下で、壁は内側へすぼまって、スロートと呼ばれるいちばん細い部分になります。直径は約22cmで、ディナー皿ほどの幅です。ガスはすべて、この狭いくびれを通り抜けなければなりません。通り抜けながら、どんどん速くなります。そしてスロートで、ちょうど音速に達します。その先で壁はふたたび広がってノズルになり、ガスはさらに加速を続けます。エンジンを出るころには秒速3kmを超え、空気中の音速の約10倍の速さになっています。
ここは、エンジンの中でいちばん熱い場所です。壁が溶けずにいられるのは、その内側の流路を冷たいメタンが勢いよく流れているからです。炎そのものは、きれいに燃えます。どちらの推進剤も、すでに気体になって入ってくるからです。気体どうしが出会うので、液体のしずくをまず細かく砕いて、蒸発させる必要がありません。そのため、すばやく混ざって、完全に燃えきります。下の数値は、毎秒どれだけ燃焼室へ流れ込み、排気がどれだけの速さで出ていくかを示しています。
300barを超える圧力の中で、どうやって火をつけるのでしょうか。2つのプリバーナーには、小さなトーチ式の点火器で火をつけます。イーロン・マスクは、これを頑丈な点火プラグにたとえています。ところが燃焼室には、ラプター2以降、点火器がひとつもありません。プリバーナーから届くガスはとても熱く、密度も高いので、出会った瞬間に火がつくのです。技術者たちは、この2つのガスがハイパーゴリックな推進剤のようにふるまう、と言います。触れ合っただけで燃え出す推進剤のことです。部品が1つ減れば、故障のもとも1つ減ります。
05
ノズルと空気の濃さ
ノズルは、燃焼室の下にあるベル形の部分です。ガスが中を流れ下るにつれてベルは広がり、ガスは膨らみながら冷えて、速くなります。つまりノズルは、圧力と熱を速さに変えているのです。そして、その速さが推力を生みます。ただし、ベルの大きさがぴったり合うのは、ある特定の気圧のときだけです。短すぎると、ガスは押す力を出しきらないうちに出ていってしまいます。広すぎると、今度は外の空気が中へ押し入ってきます。ラプターのベルは、ブースターが上昇を始める海面の高さに合わせてあります。
海面の高さでは、ラプターの排気は約0.9barでベルから出ていきます。まわりの空気は約1barと少し高いので、空気がプルームを内側へ押し縮めます。押し縮められた噴流の中では、衝撃波が行ったり来たりしながら交わり、その交点でガスが熱くなって光ります。この明るい点をショックダイヤモンドといいます。ガスはその中を駆け抜けていきますが、ダイヤモンドは同じ場所から動きません。流れの速い川で、水は流れ去っていくのに、波の形だけが同じ場所にとどまって見えるのと同じです。
ロケットが上昇するにつれて空気は薄くなり、プルームを押す力も弱まります。プルームは大きく広がり、ダイヤモンドは引き伸ばされて薄れていきます。同じスロットルでも、エンジンの推力は約5%、およそ14トン増えます。一定量の推進剤からどれだけ推力を引き出せるかを表す比推力も、約330秒から約350秒に上がります。高度30kmに達するころには、この増え分がほぼ出そろっています。スライダーを動かすと、上昇中の好きな高度で、エンジンのようすを見られます。Max-Qのあたりで推力が一時的に下がるのは、エンジン自身が推力を絞っているからで、空気のせいではありません。
ブースターの上に載る宇宙船は、ベルの口がずっと広いラプター・バキューム、略してRVacも積んでいます。宇宙にはプルームを押し縮める空気がありません。そのため、大きなベルでガスをさらに膨らませ、約380秒の比推力を引き出せます。ところがRVacは、海面の高さでは全開で燃やせません。濃い空気がベルの中へ押し入り、ガスの流れを壁から引きはがしてしまうからです。そうなるとノズルが横方向に激しく揺さぶられ、壊れるおそれがあります。だからブースターは海面用のベルで飛び、RVacは宇宙に出るまで出番を待つのです。
06
33基のエンジンで飛び立つ
スーパーヘビーには、33基のラプターが3重の輪になって並んでいます。中央に3基、そのまわりに10基、いちばん外側に20基です。かじ取りを受け持つのは、内側の13基です。どれも、上端にあるジンバルという継ぎ手でつり下げられています。2本のアクチュエーターを使えば、最大約15度まで傾けられます。エンジンを傾けると推力の向きも傾き、ロケット全体の向きが変わります。外側の20基は固定されていて、傾けられません。このモデルのエンジンは、中央の3基のうちの1基です。
エンジンは、リフトオフの約3秒前に始動します。ロケットは、すべてのエンジンが正常に動いていることを確かめます。そこで初めて、T−0に機体を押さえていた固定具が外れます。ロケットは、低空の濃い空気の中を加速していきます。リフトオフから45〜60秒たったころに、Max-Q(最大動圧)がやってきます。機体にかかる空気の圧力が最大になる瞬間です。エンジンはしばらく推力を絞って、機体への負担をやわらげます。どれだけ絞るかをSpaceXは公表していないので、ここでの曲線は、中継映像からモデルが独自に読み取ったものです。
Max-Qを過ぎると、エンジンは全開に戻ります。空気が薄くなっていくぶん、推力もさらに上乗せされます。T+2:20ごろには、ブースターは高度約52km、時速約5,800kmに達しています。ここでブースターのエンジンが止まり、上の宇宙船が、ブースターとつながったまま自分の6基のエンジンに点火します。これをホットステージングといいます。ラプター3はどれも飛行中に再点火できるので、ブースターはもう一度エンジンに火をつけて、帰ってくることができます。下の場面をタップすると、グラフ上のその時点に移動します。
ラプター3が初めて飛んだのは、2026年5月22日の第12回飛行試験です。これまでのところ、課題になっているのは飛行中の再点火です。この飛行では、ブースターを帰りの方向へ向け直すブーストバック噴射で、28基中20基が再点火しました。一方、着陸噴射で再点火できたのは1基だけでした。地上での始動も、同じくらい入念に監視されています。2026年7月16日には、第13回飛行試験の最初の打ち上げが、T−0で自動的に中止されました。一部のエンジンが、所定の回転数まで上がらなかったためです。ロケットは発射台の上で無事でした。