What makes it tick

ATP合成酵素

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ATP合成酵素のしくみ

細胞の中で回り続け、一歩ごとの燃料を充電し直すモーター。

01

一歩ごとに、ATPで支払っている

スプリントでブロックを蹴り出すとき。急な上り坂で立ちこぎするとき。筋線維は縮むたびに、ATPという小さな分子を使います。ATPは、あらゆる細胞で使われるエネルギーの通貨です。筋肉にたまっているATPは、全力の運動なら1〜2秒分しかありません。それでも、ATPが尽きることはありません。どれほど激しい運動の終わりでも、減るのはせいぜい3分の1です。体は、使うのと同じ速さでATPを作り直しているのです。

秘密はリサイクルにあります。ATPはADPとリン酸に分かれることで使われ、そのあとまた作り直されます。これが何度も繰り返されます。ある瞬間に体全体にあるATPは、およそ50〜100gしかありません。それなのに、体は1日に数十kgものATPを作り直しています。よく体を動かす人なら、自分の体重と同じくらいの量です。マラソン1回では約50〜60kgのATPを使います。たいていのランナーの体重より多い量です。安静時には、この作り直しの約90%を、目の前の機械が担っています。

この機械がATP合成酵素です。タンパク質でできた回転モーターです。ミトコンドリアは細胞の発電所で、その内膜にはクリステと呼ばれるひだがあります。モーターはこのひだにあり、頭部をマトリックスに突き出しています。マトリックスとは、内膜の内側の空間です。実際のモーターは2つずつ組になり、ひだの曲がった縁に沿って長い列を作っています。モデルでは1つだけを見せています。モーター1つの高さは約24nmです。1nmは100万分の1mmです。約3,000個を縦に積み重ねると、人の髪の毛1本の太さになります。

主な部品は4つです。ATPを作る頭部は6つの部品でできていて、αと呼ばれるものが3つ、βと呼ばれるものが3つあります。その真ん中を、曲がった軸が貫いています。下のほうでは、8枚の羽根を持つリングが膜の中で回ります。リングと軸は一緒に回り、合わせてローターと呼ばれます。横の支柱は、頭部が動かないように押さえています。モデルは形を単純にし、速度を落とし、なめらかに回るように描いています。下のタイムラインをドラッグすると、ローターを手で回せます。モデルをドラッグすれば、好きな方向から見られます。

02

なぜ息が上がるのか

長い上り坂の途中で、呼吸が速く、深くなります。その空気はミトコンドリアのためのものです。食べ物は体の中で分解され、その電子はNADHという運び役の分子に渡されます。ひだの平らな部分では、電子伝達系がこの電子を3つのプロトンポンプへ順に受け渡します。ポンプはどれも電子のエネルギーを使い、プロトン(水素イオン)をマトリックスの外へくみ出します。NADH1個につき、10個のプロトンが外へ出ます。モデルのポンプは簡略化してあり、大きさも正確ではありません。

電子の終着点は酸素です。最後のポンプで酸素が電子を受け取り、水になります。酸素がなければ電子の行き場がなくなり、ポンプは止まります。息が上がるのはこのためです。呼吸のたびに、ポンプが動き続けられるのです。ポンプの働きで、約200mVの押す力が生まれます。その大部分は電圧で、厚さわずか約4〜5nmの膜をはさんでかかっています。プロトンはマトリックスに戻ろうと押し寄せます。その主な帰り道が、ATP合成酵素です。

スライダーを動かして、取り込む酸素の量を変えてみましょう。酸素が多いほど、このモーターはたくさんのATPを作れます。体重70kgの人が座って安静にしているときは、毎分約0.25Lで、1日にすると約40kgのATPになります。全力で運動するときの上限が最大酸素摂取量(VO2max)で、体重1kgあたり1分間に使える酸素の最大量です。若い成人では、男性で体重1kgあたり毎分約48mL、女性で38mLほどが上限です。持久系のチャンピオンは70〜85に達します。発表された最高値は96.7で、ジュニアの世界チャンピオンになった自転車選手の記録です。スライダーの右端は、この選手の値です。

0.25 L a minute
1分間に作るATP
0.03 kg
1時間に作るATP
1.7 kg
安静時と比べて
×1.0

呼吸1回で、どれだけのATPが得られるのでしょう。酸素分子1個につき約5個、NADH1個につき約2.5個です。ブドウ糖1個を酸素で燃やすと、約30個のATPができます。酸素がないと、解糖系はブドウ糖を途中までしか分解できず、ATPは2個だけです。筋肉にためたグリコーゲンから来た糖なら3個です。つまり酸素があれば、同じ量の糖から何倍ものATPを引き出せます。その増えた分のほとんどを作るのが、このモーターです。

03

1周でプロトン8個

大きな試合の前の、スタジアムの入場ゲートを思い浮かべてください。まっすぐ歩いて入れる人はいません。一人ひとりが回転式のゲートを押して回し、人の流れがゲートを回し続けます。プロトンが出会うのも、そんなゲートです。プロトンは、脂質でできた膜を自力では通り抜けられません。ローターリングの隣には、プロトンのゲートであるaサブユニットがあります。中には半分だけの通り道が2本ありますが、位置がずれています。だから膜をまっすぐ貫くトンネルはありません。

プロトンは膜間腔の側から入口の通り道を上ってきて、羽根に乗ります。どの羽根にも、膜のちょうど真ん中にグルタミン酸があります。プロトンを1個つかまえておけるアミノ酸です。リングが回ると、プロトンは羽根に乗ったまま、膜の脂質の中をほぼ1周します。その羽根がゲートに戻ってくると、プロトンは出口の通り道からマトリックスへ降ります。マトリックス側から見ると、リングは反時計回りに回っています。

ヒトのリングには羽根が8枚あるので、1周ごとに8個のプロトンが通ります。1周で作るATPは3個なので、ATP1個あたり約2.7個のプロトンがかかります。この値段を決めるのは羽根の数です。下のボタンを押して、ほかのリングと比べてみましょう。酵母と大腸菌の羽根は10枚、ホウレンソウの葉では14枚です。それでも1周で作るATPは3個だけなので、ATPが高くつきます。あなたの小さなリングは、プロトン1個あたりで見ると、自然界でいちばん安くATPを作ります。

1周あたりのプロトン
8
ATP1個あたりのプロトン
2.7
プロトン100個でできるATP
37.5

ADPとリン酸をミトコンドリアに運び込み、できたATPを細胞へ送り出す分も数えると、値段は約3.7個のプロトンになります。モデルのリングはなめらかに回りますが、実際のローターはステップを踏んで進みます。止まっては進み、ときには後ろへ戻ることもあります。プロトンがほぼ1周してマトリックスへ降りるたびに、リングはATPを作る向きに羽根1枚分だけ進みます。

04

3つのポケットが、1個ずつATPを作る

自転車では、脚がクランクを回しても、そのまわりのフレームは動きません。このモーターの上半分も同じしくみです。曲がった軸は頭部の中で回り、横の支柱が頭部を動かないように押さえています。クランクのまわりのフレームと同じ役目です。だから頭部は決して回りません。軸は曲がっているので、回りながら頭部の各部分を順番に押していきます。エンジンのカムシャフトが、バルブを順に開けていくのと似ています。

3つのβには、それぞれATPを作るポケットがあります。3つのポケットは、いつも互いに違う状態にあります。軸が120°進むたびに、どのポケットも次の状態へ1つ進みます。オープンのポケットはADPとリン酸を取り込み、ルーズになります。ルーズのポケットはきつく閉じてタイトになり、2つをくっつけてATPにします。タイトのポケットは開き、できたATPを放します。こうして1周で3個のATPができます。実際のポケットは、その間に半分閉じた状態も通ります。下の表で、各ポケットの今の状態を追えます。

ポケット1
Open: takes in ADP and phosphate
ポケット2
Tight: opens to let the ATP go
ポケット3
Loose: closes to make ATP

エネルギーはどこに使われるのでしょう。特別な結合にためられるわけではありません。どんな結合も、切るにはエネルギーが要るからです。ATPに価値があるのは、ATPがADPとリン酸に分かれる反応全体で、より安定なものができるからです。細胞の中では、その価値は1モルあたり約50〜60kJです。プロトンの押す力は、ポケットがつかんだり放したりすることに使われます。ADPとリン酸をつかんでくっつけ、できたATPを放すのです。これが結合変化機構と呼ばれる考え方です。

このしくみを解き明かしたのはポール・ボイヤーで、それを裏づける構造を解いたのがジョン・ウォーカーです。2人は1997年のノーベル化学賞を受賞しました。賞の残り半分は、ナトリウム・カリウムポンプという別の分子機械の研究で、イェンス・スコウに贈られました。実際のステップは、さらに細かく分かれています。ヒトのATP合成酵素の頭部を逆向きに動かし、ATPを分解させて測ると、120°の1ステップは65°、25°、30°に分かれていました。細菌のものは約40pN·nmのトルクで回り、知られている中で最も効率のよいモーターの1つです。

05

スプリントがモーターを待てない理由

号砲が鳴り、スプリンターがブロックから飛び出します。モデルは今、このモーターの推定される実際の速さで動いています。働いているミトコンドリアの中では、1秒に約100回転、つまり約6,000rpmで回り、1秒に約300個のATPを作ります。カウンターの数字が増えていくのを見てください。2026年のF1のターボは最大150,000rpmまで回せます。約25倍の速さです。それでもスプリンターにとって、このモーターは低速レーンなのです。

スプリントでは、筋肉がATPを使う速さに、すべてのモーターを合わせても作るのが追いつきません。その差を、もっと速い2つのしくみが埋めます。クレアチンリン酸は筋肉の中にある小さな蓄えで、ATPをほぼ一瞬で充電し直します。ただし全力の運動なら、10〜15秒でほとんど使い切ってしまいます。解糖系は酸素なしで速く働きますが、ブドウ糖1個から作れるATPはわずかです。3つのしくみは同時に働いています。1つずつ順番に切り替わるのではなく、重なり合っているのです。

種目を選んで、エネルギーのうちどれだけが、このモーターが酸素を使って作る分なのかを見てみましょう。100mではわずか約10〜20%で、測り方によって値が分かれます。200mは約30%、400mは約40〜45%、800mは約3分の2、1500mは約80〜85%です。5000mは約90%、マラソンは約99%です。酸素による供給が半分になるクロスオーバーは、全力で約75〜80秒たったところで訪れます。つまり400mや800mは、よく言われるような無酸素の種目ではありません。

このモーターから(酸素を使う)
10 to 20%
蓄えと解糖系から(酸素なし)
80 to 90%

マラソンでは、問題が逆になります。モーターには時間がたっぷりありますが、燃料が足りなくなるのです。体にためられる炭水化物は約400gだけで、肝臓におよそ90g、脚の筋肉に310gです。これが少なくなると、マラソンランナーの40%以上がいわゆる「壁」にぶつかります。脂肪の蓄えははるかに多いものの、脂肪を燃やせるのは多くても1分に約0.5gです。筋肉の中では、脂肪だけではポンプを動かす燃料の供給が追いつかず、モーターはレースのペースについていけません。

06

トレーニングでモーターの居場所が増える

一定ペースのライドやランを続けるトレーニング期間に入ると、筋肉は数週間のうちに変わり始めます。持久系トレーニングを6週間続けると、ミトコンドリアは約40〜55%増えます。その多くは、新しく作られるのではなく、今あるミトコンドリアが大きくなることで増えます。この増え方にいちばん効くのは練習量です。練習の強度は、ミトコンドリアがどれだけよく働くかのほうに効きます。ミトコンドリアが大きいほど内膜が多くなり、内膜が多いほどモーターを置く場所が増えます。

筋肉のうち、ミトコンドリアが占める割合はどのくらいでしょう。トレーニングしていない太ももの筋肉では約4〜5%です。鍛えた持久系アスリートでは約7〜11%です。休養日のない心臓では、約4分の1がミトコンドリアです。ただし、量だけがすべてではありません。体力のある人は、同じ量のミトコンドリアでも、1つ1つからより多くの仕事を引き出せます。つまりトレーニングは二重に効きます。ミトコンドリアが増え、しかも1つ1つがよりよく働くのです。

数週間のトレーニングでミトコンドリアは増えますが、中のひだの詰まり具合は変わりません。それを変えられるのは、何年ものトレーニングだけです。持久系アスリートではクリステが約23%密に詰まっていて、ミトコンドリア1つあたりのモーター用の膜が多くなっています。トレーニングの前後でモーターの数を数えた人は、まだいません。そこでモデルでは、測定されたひだの膜の量に比例してモーターを描いています。下のボタンを押して、トレーニングなし、10週間のトレーニング、長年のトレーニングを比べてみましょう。

太ももの筋肉に占めるミトコンドリア
4.8%
モーター用のひだの膜
×1.0
モデルのモーター数
4

トレーニングをやめると、せっかくの成果はすぐに薄れます。このディトレーニングによって、約2週間で成果の半分が失われます。だから練習を続けましょう。次に上り坂で息が上がったら、その呼吸が何のためかを思い出してください。筋肉の奥では、ポンプがプロトンをくみ出し、プロトンはリングに乗って戻り、このモーターが回り続けています。1周ごとに、ATPを3個ずつ作りながら。